はじめに
私は、2018年に弁護士法人を設立し、それと同時に個人事業を廃止しました。
その主たる理由は、消費税の納税を2年間繰り延べしたかったから*1なのですが(笑)、それ以外にも個人事業の所得金額が増えてきたことによって、法人を設立したほうが課税上のメリットがあるのではないかと考えたためでした。
そして、顧問税理士に課税シミュレーションのソフトを開発してもらい、検討したところ、その当時の所得金額でも十分に課税上のメリットが見込まれることがわかり、さらには所得金額が増えていけばいくほどメリットが大きくなることがわかりました。
そこで、支店設立の予定などはありませんでしたが、法人成りに踏み切った次第です。
その後、私は5年間にわたって弁護士法人を運営してきましたが、思ったとおりの課税上のメリットを享受してきました。そのポイントは以下のとおりです。
Point!
- 所得税は、課税所得が900万円を超えると税率33%、課税所得が1800万円を超えると税率40%というように税率が上がっていく(累進課税制度*2)。そのため、課税所得が900万円を超えたあたりで法人税等との税率の逆転が生じる。
- そこで、法人を設立することにより、高額の所得税負担を回避することができる。なお、法人設立後、自分は役員報酬として給与所得を得る立場となるが、これには給与所得控除が適用されるため、個人事業主の時代よりも所得税・住民税の金額は安くなる。
具体的な計算をしてみよう
抽象的に説明しても伝わらないと思いますので、何はともあれ計算してみましょう。
その際、売上高を3000万円、5000万円、2000万円のパターンで検討し、役員報酬額についても場合分けしました。
なお、計算の前提条件は以下のとおりとしました。
- 弁護士法人、個人事業の場合とも、代表弁護士は東京都弁護士国民健康保険組合に加入しているものとします(したがって、健康保険料には差が生じないものとします。)。なお、健康保険料の金額は、40歳未満の組合員1人+40歳未満の家族2人として計算しました。
- 代表弁護士は、弁護士法人の場合には厚生年金保険、個人事業の場合には国民年金に加入しているものとします。
- 弁護士法人には法人会費がかかります。その金額は単位会によって異なりますが、本記事では私の所属する千葉県弁護士会の定める金額を基準としました。なお、社員(役員)数は1人を前提としています。
- 代表弁護士には配偶者がおり、配偶者控除の要件を満たしているものとしました。
- その他事業に要する必要経費は、一律に売上高の3割と仮定しました。
- 弁護士法人の資本金額は1000万円未満としました。
売上高3000万円の場合
まず、売上高3000万円の場合を以下に示します。
A.弁護士法人
|
月額70万円 |
月額100万円 |
月額150万円 |
法人の売上高(年間) |
3000万円 |
3000万円 |
3000万円 |
役員報酬(年間) |
840万円 |
1200万円 |
1800万円 |
年金保険料(事業主負担分) |
71万3700円 |
71万3700円 |
71万3700円 |
法人会員の弁護士会費 |
11万7360円 |
11万7360円 |
11万7360円 |
上記以外の必要経費(年間) |
900万円 |
900万円 |
900万円 |
消費税(売上高÷1.1*0.05) |
136万3600円 |
136万3600円 |
136万3600円 |
法人の税引前純利益 |
1040万5340円 |
680万5340円 |
80万5340円 |
法人税等 |
284万4700円 |
166万2600円 |
25万0000円 |
法人の純利益 |
756万0640円 |
514万2740円 |
55万5340円 |
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|
役員報酬(年間)…a |
840万円 |
1200万円 |
1800万円 |
健康保険料(弁護士国保)…b |
66万2400円 |
66万2400円 |
66万2400円 |
年金保険料(個人負担分)…c |
71万3700円 |
71万3700円 |
71万3700円 |
給与所得控除 |
-194万円 |
-195万円 |
-195万円 |
基礎控除 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
配偶者控除 |
-38万円 |
-38万円 |
-38万円 |
役員の所得 |
470万3900円 |
781万3900円 |
1381万3900円 |
所得税…d |
52万4000円 |
118万5000円 |
308万6000円 |
住民税…e |
47万4000円 |
78万5000円 |
138万5000円 |
役員の手取り額(a-b-c-d-e) |
602万5900円 |
865万3900円 |
1215万2900円 |
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法人の純利益+役員の手取り額 |
1358万6540円 |
1379万6640円 |
1270万8240円 |
B.個人事業
個人事業の売上高(年間)…a |
3000万円 |
必要経費(年間)…b |
900万円 |
個人事業税…c |
90万5000円 |
消費税(売上高÷1.1*0.05)…d |
136万3600円 |
健康保険料(弁護士国保)…e |
66万2400円 |
国民年金保険料…f |
19万8240円 |
基礎控除 |
-48万円 |
配偶者控除 |
-38万円 |
青色申告特別控除 |
-65万円 |
所得 |
1636万0760円 |
所得税…g |
394万4000円 |
住民税…h |
164万0000円 |
個人事業主の手取り額(a-b-c-d-e-f-g-h) |
1228万6760円 |
以上の計算によれば、役員報酬がいずれの金額の場合でも、「A.法人の純利益+役員の手取り額」が「B.個人事業主の手取り額」を上回りました。
その差は、役員報酬が月額150万円の場合で約42万円、役員報酬が月額70万円の場合で約130万円、役員報酬が月額100万円の場合で約151万円となりました。
なお、弁護士法人の場合には、厚生年金による年金積立額が個人事業の場合と比べて+122万9160円ありますので、実質的な差は更に大きくなるといえます。
売上高5000万円の場合
次に、売上高5000万円の場合を示します。なお、役員報酬の月額によって課税上のメリットがどのように変化するかを詳しく見るため、月額100万円、150万円、200万円、250万円の4パターンで検討してみます。
A.弁護士法人
|
月額100万円 |
月額150万円 |
月額200万円 |
月額250万円 |
法人の売上高(年間) |
5000万円 |
5000万円 |
5000万円 |
5000万円 |
役員報酬(年間) |
1200万円 |
1800万円 |
2400万円 |
3000万円 |
年金保険料(事業主負担分) |
71万3700円 |
71万3700円 |
71万3700円 |
71万3700円 |
法人会員の弁護士会費 |
11万7360円 |
11万7360円 |
11万7360円 |
11万7360円 |
上記以外の必要経費(年間) |
1500万円 |
1500万円 |
1500万円 |
1500万円 |
消費税(売上高÷1.1*0.05) |
227万2700円 |
227万2700円 |
227万2700円 |
227万2700円 |
法人の税引前純利益 |
1989万6240円 |
1389万6240円 |
789万6240円 |
189万6240円 |
法人税等 |
633万7700円 |
412万9500円 |
193万3800円 |
49万4300円 |
法人の純利益 |
1355万8540円 |
976万6740円 |
596万2440円 |
140万1940円 |
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|
役員報酬(年間)…a |
1200万円 |
1800万円 |
2400万円 |
3000万円 |
健康保険料(弁護士国保)…b |
66万2400円 |
66万2400円 |
66万2400円 |
66万2400円 |
年金保険料(個人負担分)…c |
71万3700円 |
71万3700円 |
71万3700円 |
71万3700円 |
給与所得控除 |
-195万円 |
-195万円 |
-195万円 |
-195万円 |
基礎控除 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
配偶者控除 |
-38万円 |
-38万円 |
-38万円 |
-38万円 |
役員の所得 |
781万3900円 |
1381万3900円 |
1981万3900円 |
2581万3900円 |
所得税…d |
118万5000円 |
308万6000円 |
523万7000円 |
768万7000円 |
住民税…e |
78万5000円 |
138万5000円 |
198万5000円 |
258万5000円 |
役員の手取り額(a-b-c-d-e) |
865万3900円 |
1215万2900円 |
1540万1900円 |
1835万1900円 |
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法人の純利益+役員の手取り額 |
2221万2440円 |
2191万9640円 |
2136万4340円 |
1975万3840円 |
B.個人事業
個人事業の売上高(年間)…a |
5000万円 |
必要経費(年間)…b |
1500万円 |
個人事業税…c |
160万5000円 |
消費税(売上高÷1.1*0.05)…d |
227万2700円 |
健康保険料(弁護士国保)…e |
66万2400円 |
国民年金保険料…f |
19万8240円 |
基礎控除 |
-48万円 |
配偶者控除 |
-38万円 |
青色申告特別控除 |
-65万円 |
所得 |
2875万1660円 |
所得税…g |
888万7000円 |
住民税…h |
287万9000円 |
個人事業主の手取り額(a-b-c-d-e-f-g-h) |
1849万5660円 |
以上の計算でも、「A.法人の純利益+役員の手取り額」は「B.個人事業主の手取り額」を常に上回りました。
なお、その差は役員報酬が月額100万円の場合で最も大きく(約372万円)、月額250万円の場合で最も小さくなりました(約126万円)。単に課税上のメリットについて言えば、役員報酬は月額100万円前後に設定するのがよいと言えるのかもしれません*3。
売上高2000万円の場合
最後に、売上高が少ない場合はどうなるかを見てみましょう。
A.弁護士法人
|
月額70万円 |
月額100万円 |
法人の売上高(年間) |
2000万円 |
2000万円 |
役員報酬(年間) |
840万円 |
1200万円 |
年金保険料(事業主負担分) |
71万3700円 |
71万3700円 |
法人会員の弁護士会費 |
11万7360円 |
11万7360円 |
上記以外の必要経費(年間) |
600万円 |
600万円 |
消費税(売上高÷1.1*0.05) |
90万9000円 |
90万9000円 |
法人の税引前純利益 |
385万9940円 |
25万9940円 |
法人税等 |
93万3800円 |
12万7700円 |
法人の純利益 |
292万6140円 |
13万2240円 |
|
|
|
役員報酬(年間)…a |
840万円 |
1200万円 |
健康保険料(弁護士国保)…b |
66万2400円 |
66万2400円 |
年金保険料(個人負担分)…c |
71万3700円 |
71万3700円 |
給与所得控除 |
-194万円 |
-195万円 |
基礎控除 |
-48万円 |
-48万円 |
配偶者控除 |
-38万円 |
-38万円 |
役員の所得 |
470万3900円 |
781万3900円 |
所得税…d |
52万4000円 |
118万5000円 |
住民税…e |
47万4000円 |
78万5000円 |
役員の手取り額(a-b-c-d-e) |
602万5900円 |
865万3900円 |
|
|
|
法人の純利益+役員の手取り額 |
895万2040円 |
878万6140円 |
B.個人事業
個人事業の売上高(年間)…a |
2000万円 |
必要経費(年間)…b |
600万円 |
個人事業税…c |
55万5000円 |
消費税(売上高÷1.1*0.05)…d |
90万9000円 |
健康保険料(弁護士国保)…e |
66万2400円 |
国民年金保険料…f |
19万8240円 |
基礎控除 |
-48万円 |
配偶者控除 |
-38万円 |
青色申告特別控除 |
-65万円 |
所得 |
1016万5360円 |
所得税…g |
185万6000円 |
住民税…h |
102万0000円 |
個人事業主の手取り額(a-b-c-d-e-f-g-h) |
879万9360円 |
この場合にも、役員報酬の月額によっては「A.法人の純利益+役員の手取り額」が「B.個人事業主の手取り額」を上回ることがわかります。また、年金積立額まで考慮するのであれば、常にメリットが生じるとも言えそうです。
よって、概ね売上高2000万円を境に法人設立による課税上のメリットが生じる(裏を返せば、売上高2000万円を将来にわたって下回ることがないと予想されるのであれば、すぐにでも法人成りしたほうがよい!)と言って差し支えなさそうです。
まとめ
今回の記事では、弁護士法人を設立することによる課税上のメリットについて説明しました。
なぜかこれまで、「弁護士法人は節税にはならない」という話が通説としてまかり通っていたように思われます。しかし、自分の手と頭で計算してみることにより、そのような言説が疑わしいことがわかるかと思います。
仮に年間の節税額が100万円だとして、この先弁護士業を30年間続けるならば、節税の総額は3000万円にもなります。そして、売上高や役員報酬の金額によっては、節税額は更に大きなものとなります。
そのため、こう言っては大げさかもしれませんが、私は、弁護士法人は弁護士のマネープランの切り札だと思っています。
本記事が、皆さんが弁護士法人の価値を再考するきっかけとなれば幸いです。