弁護士の就職は、労働契約(給与所得)と業務委託契約(事業所得)のどちらが得か?
はじめに
弁護士が法律事務所に就職する場合、その待遇は大きく分けて労働契約(給与所得)の形態と業務委託契約(事業所得)の形態があります*1。そして、どちらの契約形態を取るかによって、勤務弁護士の手取りやその他の待遇には多かれ少なかれ差異が生じると理解されてきました。
ところが、私の知る限り、これまで具体的な金額等を示した上で両契約形態の差異を検討した記事、書籍等は存在しなかったと思います。
そこで、本記事では、一年目の弁護士の月給(報酬)額として採用されることの多い月額30万円~50万円の幅で、両契約形態の差異を検討してみました。なお、かかる計算は種々の前提条件によって変動しますが、本記事では以下の前提条件に基づいて計算を行いました。
- 弁護士会費は、いずれの場合でも事務所が負担しているものとする。
- 労働契約の場合、勤務弁護士は被用者保険(全国健康保険協会)、厚生年金保険及び雇用保険に加入しているものとする。これに対し、業務委託契約の場合、勤務弁護士は東京都弁護士国民健康保険組合と国民年金(基礎年金)に加入しているものとする。
- 勤務弁護士の年齢は30歳未満であり、配偶者は無し、被扶養者もいないものとする。
- 必要経費の多寡は勘案しないこととした。なぜなら、労働契約(給与所得)の場合であっても、勤務弁護士は同時に個人事業主という側面を持つため、通常の給与所得者とは異なり、(事業所得の計算において)必要経費を計上することが可能だからである*2。そのため、「業務委託契約(事業所得)は必要経費を自由に計上できるから節税に有利」という言説は成り立たない。
- 勤務弁護士は、適格請求書(インボイス)発行事業者であり、消費税を負担するものとする。なお、令和8年までは、いわゆる「2割特例」の適用を受けるものとする。
- 労働契約について、時間外手当や休日手当は勘案しないこととした。
- なお、稀に契約形態は業務委託であるが、支給は給与所得という事務所*3も存在する。しかし、そのような形態は本記事の対象とはしない(すなわち、労働契約の場合は給与所得、業務委託契約の場合は事業所得であることを前提に検討を進める。)。
結論を先出し
さて、先に結論を述べておくと、少なくとも経済的な観点で見る限り、月給(報酬)額が同じであるならば、労働契約(給与所得)のほうが得といえます。
ポイントは以下のとおりです。
Point!
- 労働契約(給与所得)には、給与所得控除があるため、課される所得税・住民税が低くなる(なお、個人事件を扱う場合は、給与所得控除と同時に、事業所得について青色申告特別控除を併用することができる。)。
- 業務委託契約(事業所得)には、消費税と個人事業税が課されるため、労働契約(給与所得)と比べて支払う税金の総額が高くなる。
- 労働契約(給与所得)の場合、厚生年金保険料は労使折半となる。つまり、半分の自己負担額で老後の資産形成をすることができる。
- 労働契約(給与所得)の場合、産前産後休業、育児休業、失業保険、労災保険といった法定福利厚生制度を利用することができる。
契約形態ごとの手取り額を計算
では、両契約形態において、具体的な手取り額はどのように変化するのでしょうか?
まずは、業務委託契約(事業所得)の場合を以下に示します。
A.業務委託契約
|
月額30万円 |
月額35万円 |
月額40万円 |
月額45万円 |
月額50万円 |
年収 |
360万円 |
420万円 |
480万円 |
540万円 |
600万円 |
所得 |
192万0160円 |
252万0160円 |
312万0160円 |
372万0160円 |
432万0160円 |
基礎控除 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
青色申告控除 |
-65万円 |
-65万円 |
-65万円 |
-65万円 |
-65万円 |
健康保険料 |
35万1600円 |
35万1600円 |
35万1600円 |
35万1600円 |
35万1600円 |
年金保険料 |
19万8240円 |
19万8240円 |
19万8240円 |
19万8240円 |
19万8240円 |
所得税 |
9万8000円 |
15万8000円 |
21万9000円 |
32万3000円 |
44万6000円 |
住民税 |
20万2000円 |
26万2000円 |
32万2000円 |
38万2000円 |
44万2000円 |
消費税 |
7万2000円 |
8万4000円 |
9万6000円 |
10万8000円 |
12万0000円 |
※令和9年以降 |
(18万0000円) |
(21万0000円) |
(24万0000円) |
(27万0000円) |
(30万0000円) |
個人事業税 |
3万5000円 |
6万5000円 |
9万5000円 |
12万5000円 |
15万5000円 |
手取り額 |
264万3160円 |
308万1160円 |
351万8160円 |
391万2160円 |
428万7160円 |
これに対し、労働契約(給与所得)の場合は以下のようになります。
B.労働契約
|
月額30万円 |
月額35万円 |
月額40万円 |
月額45万円 |
月額50万円 |
年収 |
360万円 |
420万円 |
480万円 |
540万円 |
600万円 |
所得 |
143万1341円 |
180万6329円 |
219万8219円 |
262万3912円 |
299万8900円 |
基礎控除 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
給与所得控除 |
-116万円 |
-128万円 |
-140万円 |
-152万円 |
-164万円 |
健康保険料 |
17万7659円 |
21万3191円 |
24万2801円 |
26万0568円 |
29万6100円 |
年金保険料 |
32万9400円 |
39万5280円 |
45万0180円 |
48万3120円 |
54万9000円 |
雇用保険料 |
2万1600円 |
2万5200円 |
2万8800円 |
3万2400円 |
3万6000円 |
所得税 |
7万1000円 |
9万0300円 |
12万2300円 |
16万4800円 |
20万2300円 |
住民税 |
15万3000円 |
19万0600円 |
22万9800円 |
27万2300円 |
30万9800円 |
手取り額 |
284万6741円 |
328万5429円 |
372万6119円 |
418万6812円 |
460万6800円 |
そして、上記の計算結果を基に、両者の差異を示しました。
◎両者の差異
|
月額30万円 |
月額35万円 |
月額40万円 |
月額45万円 |
月額50万円 |
B-A |
20万3581円 |
20万4269円 |
20万7959円 |
27万4652円 |
31万9640円 |
B-A ※令和9年以降 |
31万1581円 |
33万0269円 |
35万1959円 |
43万6652円 |
49万9640円 |
B-A ※令和9年以降 ※年金積立額を考慮 |
77万2141円 ※うち年金積立差額:46万0560円 |
92万2589円 ※うち年金積立差額:59万2320円 |
105万4079円 ※うち年金積立差額:70万2120円 |
120万4652円 ※うち年金積立差額:76万8000円 |
139万9400円 ※うち年金積立差額:89万9760円 |
月額40万円の例で示すと、「労働契約の手取額(B)」-「業務委託契約の手取り額(A)」は20万7959円となりました。
もっとも、上記の差額は、適格請求書(インボイス)発行事業者に「2割特例」が適用される令和8年までのものです。そして、令和9年以降、消費税の負担額が上がる結果、上記の差額は35万1959円となります。
さらに、上記の差額は、年金積立額の差異を考慮に入れたものではありません。すなわち、業務委託契約の場合、年金は国民年金(基礎年金)しか積み立てていないのに対し、労働契約の場合、厚生年金保険料(従業員負担分)としてより多くの金額を積み立てていると同時に、事業主(法律事務所)も同額の厚生年金保険料(事業主負担分)を積み立ててくれています。そして、その差額は、月額40万円の月給(報酬)額の例で70万2120円にもなります*4。
個人事件所得がある場合には更に差額が拡大
加えて、勤務弁護士に個人事件所得がある場合には、更に手取りの差額が拡大します。なぜなら、労働契約(給与所得)の場合には、給与所得控除と青色申告特別控除を併用することができるのに対し、業務委託契約(事業所得)の場合には青色申告特別控除しか利用することができないからです。
仮に、勤務弁護士に個人事件所得200万円があるとして、以下の計算を行いました。
A.業務委託契約(+個人事件所得200万円)
|
月額30万円 |
月額35万円 |
月額40万円 |
月額45万円 |
月額50万円 |
年収 |
560万円 |
620万円 |
680万円 |
740万円 |
800万円 |
所得 |
392万0160円 |
452万0160円 |
512万0160円 |
572万0160円 |
632万0160円 |
基礎控除 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
青色申告控除 |
-65万円 |
-65万円 |
-65万円 |
-65万円 |
-65万円 |
健康保険料 |
35万1600円 |
35万1600円 |
35万1600円 |
35万1600円 |
35万1600円 |
年金保険料 |
19万8240円 |
19万8240円 |
19万8240円 |
19万8240円 |
19万8240円 |
所得税 |
36万4000円 |
48万7000円 |
60万9000円 |
73万2000円 |
85万4000円 |
住民税 |
40万2000円 |
46万2000円 |
52万2000円 |
58万2000円 |
64万2000円 |
消費税 |
11万2000円 |
12万4000円 |
13万6000円 |
14万8000円 |
16万0000円 |
※令和9年以降 |
(28万0000円) |
(31万0000円) |
(34万0000円) |
(37万0000円) |
(40万0000円) |
個人事業税 |
13万5000円 |
16万5000円 |
19万5000円 |
22万5000円 |
25万5000円 |
手取り額 |
403万7160円 |
441万2160円 |
478万8160円 |
516万3160円 |
553万9160円 |
B.労働契約(+個人事件所得200万円)
|
月額30万円 |
月額35万円 |
月額40万円 |
月額45万円 |
月額50万円 |
年収 |
560万円 |
620万円 |
680万円 |
740万円 |
800万円 |
所得 |
278万1341円 |
315万6329円 |
354万8219円 |
397万3912円 |
434万8900円 |
基礎控除 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
-48万円 |
給与所得控除 |
-116万円 |
-128万円 |
-140万円 |
-152万円 |
-164万円 |
青色申告控除 |
-65万円 |
-65万円 |
-65万円 |
-65万円 |
-65万円 |
健康保険料 |
17万7659円 |
21万3191円 |
24万2801円 |
26万0568円 |
29万6100円 |
年金保険料 |
32万9400円 |
39万5280円 |
45万0180円 |
48万3120円 |
54万9000円 |
雇用保険料 |
2万1600円 |
2万5200円 |
2万8800円 |
3万2400円 |
3万6000円 |
所得税 |
18万4000円 |
22万3000円 |
28万8000円 |
37万5000円 |
45万2000円 |
住民税 |
28万8000円 |
32万6000円 |
36万5000円 |
40万7000円 |
44万5000円 |
消費税 |
4万0000円 |
4万0000円 |
4万0000円 |
4万0000円 |
4万0000円 |
※令和9年以降 |
(10万0000円) |
(10万0000円) |
(10万0000円) |
(10万0000円) |
(10万0000円) |
個人事業税 |
0円 |
0円 |
0円 |
0円 |
0円 |
手取り額 |
455万9341円 |
497万7329円 |
538万5219円 |
580万1912円 |
618万1900円 |
◎両者の差異
|
月額30万円 |
月額35万円 |
月額40万円 |
月額45万円 |
月額50万円 |
B-A |
52万2181円 |
56万5169円 |
59万7059円 |
63万8752円 |
64万2740円 |
B-A ※令和9年以降 |
63万0181円 |
69万1169円 |
74万1059円 |
80万0752円 |
82万2740円 |
B-A ※令和9年以降 ※年金積立額を考慮 |
109万0741円 ※うち年金積立差額:46万0560円 |
128万3489円 ※うち年金積立差額:59万2320円 |
144万3179円 ※うち年金積立差額:70万2120円 |
156万8752円 ※うち年金積立差額:76万8000円 |
172万2500円 ※うち年金積立差額:89万9760円 |
月額40万円の例で見ると、手取りの差額は年間で約60万円(ひと月あたり約5万円)、年金積立額まで考慮した場合には年間で約144万円(ひと月あたり約12万円)の差が生じる結果となりました。
まとめ
就職活動の段階では、額面の給与(報酬)金額を見て何となく就職先事務所を決める方が多いのかもしれません。
しかし、社会に出て実感するのは、経済的な豊かさというのは額面の給与(報酬)金額では決して決まらないということです。すなわち、本記事に述べた税金・社会保険や、金融投資、社会制度の活用、さらには私生活の安定といった様々な要素を統合したマネープランを組み立てることによって、初めて経済的な豊かさを得ることができます。
就職は、皆さんがそのような経済的な豊かさを実現するための第一歩です。皆さんが事務所側の事情に翻弄されることなく、各々最適な就職先を見つけられることを切に願っています。