弁護ハック!-若手弁護士によるライフハックブログ

「弁護士 × ライフハック × 知的生産」をテーマに、若手弁護士が日々の”気付き”を綴ります。

期待に応える弁護士になるには(新人弁護士研修資料「第1 総論 ~弁護士という仕事について~」)

全体目次

第1 総論 ~弁護士という仕事について~
1 「仕事」とは何か?
2 弁護士が顧客に提供する「価値」とは何か?
3 期待に応える弁護士になるには

第2 各論 ~コアとなるスキル・マインド~
1 「代理人」としてのあり方
2 弁護士の面接技法
3 弁護士の交渉術
4 法律文書作成

第3 終わりに ~新人の皆さんに伝えておきたいこと~
1 仮説形成と仮説検証が何よりも大切
2 ロジカル・シンキングはあらゆる仕事の基礎
3 「何のために弁護士の仕事をするのか?」に対する回答を見つけてほしい

 

⑴ 依頼者の評価が先か、ボス弁の評価が先か?

 以上を要するに、依頼者との関係では、仕事を迅速かつ正確に処理することによって「経済的利益」をもたらすとともに、その心情に寄り添って「安心」を与える弁護士こそが優秀な弁護士だと考える。また、ボス弁との関係でいえば、仕事を迅速かつ正確に処理することによって事務所に「経済的利益」をもたらすとともに、ボス弁との「師弟関係」を基礎として絶えずスキルやマインドを高めていける人こそが、優秀な勤務弁護士(少なくともボス弁としてはありがたい勤務弁護士)であると考える。

 では、どのようにすれば上記のような勤務弁護士になることができるのか?言い方を変えれば、勤務弁護士はまず依頼者からの評価を目指すべきか、それともボス弁からの評価を目指すべきか?

 

 その答えはズバリ、まずはボス弁に評価される弁護士を目指すのが早道であると考える。

 そのように述べる理由は、決してボス弁が皆さんの直接の顧客だと考えるからではない。また、ボス弁のご機嫌を取れさえすればクビになる心配がないためでもない。上記のように述べる理由は、仮にもボス弁がまともな弁護士であるならば、ボス弁に評価される仕事とはすなわち依頼者に評価される仕事を意味するからである。

 

 以上のことを図式にしたのが次の図1である。

 

<図1>

 

ボス弁の評価○

ボス弁の評価×

依頼者の評価

   A

   C

依頼者の評価

×

   B

   D

当初の勤務弁護士の立ち位置

 


 図1において、弁護士登録当初の勤務弁護士の立ち位置は、程度の差こそあれ「D」である。なぜなら、新人の弁護士は法律の基礎知識を知ってはいるものの、実務のスキルを欠くため、そのままでは依頼者やボス弁の評価を得るような仕事をすることはできないからである。そのため、ボス弁は、新人弁護士に対して様々な方向から指導・育成をし、実務のスキルを授けていく必要があるのである。

 このとき、ボス弁と新人弁護士が目指すべきは、言うまでもなく「D」→「A」のルートである。そして、ボス弁がまともな弁護士であり、かつ、新人弁護士がボス弁の指導・育成に素直に従う[1]のであれば、「D」→「A」のルートは円滑に実現される。なぜならば、繰り返しになるが、ボス弁に評価される仕事とはすなわち依頼者に評価される仕事を意味するからである。

 これに対し、新人弁護士がボス弁の能力を信頼することができていないと、新人弁護士は「D」→「C」のルートを目指してしまうことがある。しかし、ボス弁がまともな弁護士であった場合、ボス弁に評価されない仕事とは依頼者にも評価されない仕事であるから、結局その新人弁護士は「D」の領域から脱することができないのである。

 なお、ボス弁が三流の弁護士であった場合、ボス弁の評価する仕事が依頼者に評価される仕事とは限らないため、「D」→「B」のルートを辿る可能性がある。そのような場合にはできる限り早期の移籍を勧めたい。


⑵ ボス弁に評価される仕事をするためには?

 いずれにしても、新人弁護士にとって重要なのは、まずはまともなボス弁に雇用されることである。そして次に、そのボス弁に評価されるような仕事をすることを通じて、依頼者に評価される仕事をすることである。

 では、ボス弁に評価されるような仕事をするために、具体的に皆さんは何を心掛ければよいのか?

 ボス弁のイエスマンになる?いや、そうではない。

 ボス弁に評価される勤務弁護士とは、結局のところ、ボス弁の求めるスキルやマインドを兼ね備えた勤務弁護士のことである。そのため、ボス弁に評価される仕事をするためは、ボス弁の求めるスキルやマインドを如何に効率的に習得するかが何よりも重要となるのである。

 

 では、どうすればボス弁の求めるスキルやマインドを効率的に習得することができるのか?次の図2は、「暗黙知」と「形式知」の観点から、スキル・マインドの習得方法を表したものである。

 

 


 図2でいう暗黙知」とは、言語化することが難しい知識のことを指し、いわゆる経験や勘に基づいて行われる実践上の知恵を指す。また、形式知」とは、言語化され、客観的に説明することのできる知識のことを指す。そして、重要なのは、仕事のおいて必要となる知識の大半は「暗黙知」の領域に属し、「形式知」は氷山の一角に過ぎないということである[2]

 さて、ボス弁は、自身の持つ「暗黙知」の一部を「形式知」に変換した上で、新人弁護士である皆さんに教えると思う(①)。また、そのような「形式知」を伝えた上で、新人弁護士に実際の仕事を繰り返しやらせてみて、「暗黙知」の定着を図ると思う(②)。しかし、先に述べたように、仕事のおいて必要となる知識の大半は「暗黙知」の領域に属する以上、①と②の習得方法のみでは、新人弁護士が獲得することのできるスキル・マインドは限定的なものにとどまり、いわば成長の遅れが生じてしまう。そのため、私は、新人弁護士である皆さんに対し、①、②とは異なる主体的な方法を勧めたいと思う。

 その一つが「暗黙知」→「形式知」というスキル・マインドの習得方法であり、これを「盗む」と表現する(③)。すなわち、ボス弁の仕事を注意深く観察することにより、ボス弁があえて「形式知」に変換しない「暗黙知」の存在に気付き、その「暗黙知」を皆さん自身の頭で「形式知」に変換するのである。

 これを実践する具体的な方法は、物事をよく観察すること、そしてメモを取ることではないかと思う。すなわち、ボス弁の仕事を注意深く観察し、何か驚くことが起こった瞬間に、その出来事を招来した因果関係と考えられるものを言語で記述するのである。例えば、私の元ボス弁であった先生は、まるでエスパーのように未来を言い当てることがあった。しかし、そのような出来事が何度かあった後で、私は気付いた。先生が未来を言い当てることができるのは、単に直感によるものではなく、周囲の出来事をつぶさに観察し、記憶した上で、それらの因果関係を理解し、推論を働かせているからだということに。それからというもの、私は、先生に倣って、周囲の出来事をよく観察し、記憶し、因果関係について想像し、将来起こることを推論することを習慣化してきた。

 そして、もう一つの方法は、「暗黙知」→「暗黙知」というスキル・マインドの習得方法であり、これを「真似る」と表現する(④)。すなわち、先に述べた「盗む」(③)は効果的なスキル・マインドの習得方法であるものの、実際には「形式知」に変換することが難しい「暗黙知」も数多く存在する。そのような場合において、師匠の「暗黙知」をそっくりそのまま習得してしまう方法が「真似る」である。私もまた、特に話し方や文章の書き方について元ボス弁の先生のスタイルを真似させていただいたつもりである。

 なお、この「真似る」は、新人でもその一瞬に限っては直ちに師匠と同じレベルに到達することができるため、最も効率的なスキル・マインドの習得方法といえるかもしれない。

 

 ところで、ボス弁に評価される勤務弁護士を目指せなどと聞くと、皆さんの中には次のような疑問を抱く人がいるかもしれない。すなわち、そのような方法では良くてボス弁のカーボンコピーが出来上がるだけであり、ボス弁とは異なる個性を持ち、ある面ではボス弁を超えるような弁護士にはなれないのではないかと。

 そのような疑問に対する私の答えは、否である。なぜなら、ボス弁と異なる個性やボス弁を超える能力は、ボス弁と肩を並べる程度になってから身に付けていくべきものだからである。

 実際に、武道や伝統芸能の世界では、守・破・離という思想が語られている。すなわち、「守」とは師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。「破」とは他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」とは一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階というものである。

 そして、社会人の成長過程においても、守・破・離の思想は妥当するものと考える。そのため、新人である皆さんには、まず「守」を徹底的にやってほしいと思う。

 

 

[1] 言うまでもなく、そのためには「師弟関係」が定まっている必要がある。

[2] このことは、機械化・自動化が進む現代においてなお、人間による知識労働が残っている所以でもある。