弁護ハック!-若手弁護士によるライフハックブログ

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勤務弁護士の成長に対する支援(「ボス弁」論「第3 育成論」)

全体目次

第1 序論 ~ボス弁自身の成長が何よりも重要~
1 「ボス弁」という仕事
2 勤務弁護士の育成はエゴ・マネジメントを試される仕事である
3 他者は変わらない

第2 採用論
1 成人発達理論に基づく採用基準の策定
2 採用基準の具体例

第3 育成論
1 基本的な心掛け
2 勤務弁護士の成長に対する支援

 

⑴ 初期教育の重要性

 以上のように勤務弁護士のやる気を削がないような心掛けをした上で、彼らに対して適切な支援をしていくことになる。その際にまず重要となるのは、入所後すぐに行う初期教育である。

 これはなぜかというと、弁護士としての職業生活をスタートした直後の時期は、先入観がなく、教えたことを素直に守ってくれる可能性が高いからである。そのため、「ボス弁」として最低限教えたいことがあるのであれば、この時期を逃さずに教えるべきである。

 

 

 また、裏を返せば、この初期教育の時期を除いて、「ボス弁」は勤務弁護士に対してできるだけ「教育」や「指導」はしないほうがよい。なぜなら、「教育」や「指導」は多かれ少なかれ勤務弁護士のやる気を削ぐことに繋がるからである。

 

⑵ OJTを効果的に行う方法

ア 徒弟制において取られてきた3つの手法

 さて、次にOJT(On-the-Job Training)において「ボス弁」がどのような行動をするかについて検討していきたい。

 これには色々な考えがあり得ると思うが、私は学習科学の見地に基づいて、徒弟制において伝統的に取られてきた次の3つの方法を採用している。それは「足場かけ」、「コーチング」、「モデリング」である[1]

イ 足場かけ

 まず、足場かけとは、弟子たちが自分たちで行うべきことを失敗せずに行えるように、師匠が提供する手助けや道具を指す。

 弁護士の育成において、この足場かけの一つが書面のひな形(サンプル)の提供である。つまり、勤務弁護士に訴状や準備書面その他の書面を作成させる際に、参考となる過去の書面を提供してあげることである。これによって、勤務弁護士は一から書面の構成を考えずに済むので、経験が浅くとも一定のアウトプットを出せるようになる。

 ところで、このひな形(サンプル)の提供は決して楽な作業ではない。なぜなら、それを可能とするためには、ボス弁自身が当該事案の構造を理解するとともに、過去の書面の中から適切なサンプルを引き出してこなければならないからである。

ウ コーチング(1on1ミーティング)

 次に、コーチングとは、弟子が自分で試行錯誤しているときに、師匠が適宜どのようにしたらよいのか、何に気をつけるべきかを教えてあげることを指す。このコーチングを行う仕組みとして、私は一日一回の1on1ミーティングを行っている。

 弊所の場合、1on1ミーティングは原則として午前中に行うこととしている。時間は5~10分を目安としているが、話題が多いときは全てが解決するまで何分でも続ける。肝心なのは、ボス弁が喋るのではなく、勤務弁護士に多く喋らせることである。そこで、私は大抵「どうでしょうか?」といった簡易な質問を投げかけ、あとは勤務弁護士に話したい話題を話してもらっている。なお、話題のほとんどは具体的な事件の相談や確認である。

 1on1ミーティングの効用として私が実感しているのは、コミュニケーションの量・質の向上である。

 つまり、1on1ミーティングを実施しない場合、ボス弁と勤務弁護士とのコミュニケーション量は偶然に左右される。そして、仮に勤務弁護士が控えめな人であった場合、ボス弁とのコミュニケーション量は少なくなってしまいがちである。これに対し、毎日欠かさず1on1ミーティングを行うようにすると、ボス弁と勤務弁護士とのコミュニケーションを仕組みによって確保することができる。

 また、勤務弁護士の話を聴く時間を設けることによって、コミュニケーションの質が向上する。深いコミュニケーションの態様として「対話」というものがあるが、対話において最も重要なのはまず相手の話を聴くことである[2]。そのため、1on1ミーティングを通じてボス弁が勤務弁護士の話を聴くことは、両者の間に対話を成立させることになる。そして、ひとたび対話が成立すると、勤務弁護士はボス弁の言うことも聴いてくれるようになる。

エ モデリング

 最後に、モデリングとは、師匠が弟子に対し「どうすればよいのかを見せてあげること」を指す。これによって弟子は、どうならなくてはいけないか(学びの目標)とそのために何をするのか(必要となる知識や技能)を全体として把握することができるとされている。

 モデリングにおいて重要なのは、近すぎず遠すぎない程よい距離感であると考える。すなわち、ボス弁と勤務弁護士の部屋が別室であるなど距離が遠すぎると、勤務弁護士はボス弁がどのように仕事をしているのかを見ることができないため、モデリングが成立しない。これに対して、距離が近ければいいというものでもない。なぜなら、モデリングには学び手側の内省が欠かせないが、ボス弁との距離が近すぎると勤務弁護士はプレッシャーを感じて内省を深めることができないからである。

 これは書面への添削を通じてモデリングを行う際にも妥当する。勤務弁護士の作成した書面に対して、ボス弁がいわゆる「朱入れ」をすることは重要である。しかし、その際に教えようとし過ぎるとしばしば逆効果になることがある。勤務弁護士が萎縮してしまうのである。そのため、ボス弁としては、「朱入れ」をしつつ、勤務弁護士にそれを読んでもらい、質問があれば答えるという程度にとどめたほうが良いこともある。

 

 

[1] 大島純ほか『主体的・対話的で深い学びに導く 学習科学ガイドブック』(北大路書房

[2] 泉谷閑示『あなたの人生が変わる対話術』(講談社+α文庫)