弁護ハック!-若手弁護士によるライフハックブログ

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成人発達理論に基づく採用基準の策定(「ボス弁」論「第2 採用論」)

全体目次

第1 序論 ~ボス弁自身の成長が何よりも重要~
1 「ボス弁」という仕事
2 勤務弁護士の育成はエゴ・マネジメントを試される仕事である
3 他者は変わらない

第2 採用論
1 成人発達理論に基づく採用基準の策定
2 採用基準の具体例

第3 育成論
1 基本的な心掛け
2 勤務弁護士の成長に対する支援

 

⑴ 成人発達理論とは

 さて、ここからは具体的な採用論に入っていこう。

 先に「他者は変わらない」のだとすれば、あなたの雇用する相手は最初からあなたの条件とする「基準」を満たした人でなければならないと述べた。ここでいう採用基準を如何にして構築するかが採用論の肝である。

 優秀な弁護士を雇用するための採用基準とはどのようなものであろうか。

 真っ先に思い浮かぶのは、「司法試験に上位で合格していること」や「若くして(飛び級で)司法試験に合格していること」、「入試偏差値の高い大学を卒業していること」などかもしれない。しかし、そのような人は、有名事務所に就職したり、裁判官や検察官になることが多いため、私のような若年の弁護士が経営する零細事務所には入ってこない。

 そのため、弊所のような事務所が優秀な弁護士を採用するためには、上記のような(万人受けする)基準とは異なる採用基準を打ち立てる必要がある。その基礎となる理論(仮説)が「成人発達理論」である。

 

 「成人発達理論」とは、(乱暴に要約するならば)人の意識は成人してからも発達を続け、一定の「発達段階」を登っていくという理論のことである。

 そして、論者によって定義は異なるものの、同理論によれば人には概ね次の「発達段階」が存在するとされている。

 

発達段階

特徴と限界

段階1

(具体的思考段階)

特徴:具体的な事物を頭に思い浮かべて思考することができる。

限界:形のない抽象的な概念を扱うことができない。

段階2

道具主義的段階)

特徴:自分と他者とを区別した二元的な思考をすることができる。

限界:自分の関心事項や欲求を満たすことに焦点が当てられており、他者の感情や思考を理解することが困難。

段階3

(他者依存段階)

特徴:相手の立場に立って物事を考えることができる。

限界:自分の意思決定基準を持っておらず、他者(組織や社会を含む)の基準によって自分の行動を規定する。

段階4

(自己主導段階)

特徴:自分なりの価値体系や意思決定基準を構築することができるようになり、自律的に行動ができる。

限界:自分独自の価値観と同一化しているがゆえに、異なる価値観に基づいた考えや意見を持った他者を許容できない。

段階5

(自己変容段階)

特徴:自分の価値観に横たわる前提条件を考察し、深い内省を行いながら、既存の価値観や認識の枠組みを壊し(脱構築)、新しい自己を作り上げていくことができる。また、他者の成長を支援することによって自分も成長するという認識(相互発達)があり、他者と価値観や意見を共有し合いながら、コミュニケーションを図ることができる。

限界:その時点における未知。

※加藤洋平『組織も人も変わることができる! なぜ部下とうまくいかないのか「自他変革」の発達心理学』(日本能率協会マネジメントセンター)より

 

⑵ プロフェッショナルの仕事は段階4(自己主導段階)以上が前提

 さて、成人発達理論においては、主体的・自律的な行動が求められるプロフェッショナルの仕事には、段階4の特性が強く求められるとされている。この点は少し重要なので、以下に引用する。

 

私  どういう理由からかと言うと、そうしたプロフェッショナルな仕事に就く人たちには、自律的な行動が求められるのは当然ですが、持論のようなものを形成できる力が必要だと思うのです。確かに、どんな業界にも固有のベストプラクティスが存在していて、それを習得することはプロフェッショナルにとって不可欠だと思います。つまり、最低限の知識や理論を獲得するのはプロフェッショナルとして当然のことだということです。ですが、真の意味でのプロフェッショナルは、そうしたベストプラクティスを超えて、自らの経験をもとに自分なりの考えや理論を生み出すことができると思うのです。

室積 まさにその通りですね。プロフェッショナルと呼べるのか定かではありませんが、段階3のプロフェッショナルは、業界固有のベストプラクティスに盲目的なところがあります。要するに、彼らは業界で浸透している考え方や理論に従順であり、そこに自分なりの知見を加えるということができないのです。その結果として、クライアントは多様性に溢れているのに、画一的なアプローチしかできないということに陥りがちです。それに対して、段階4のプロフェッショナルは、業界固有の考え方や理論を客観的に眺めることができ、さらに自らの経験や考え方と照らし合わせて、独自の持論を構築することができるようになってきます。その結果、業界固有の決まりきったアプローチを鵜呑みにするのではなく、クライアントの特性に応じたアプローチを採用することができるようになってくると思います。

 

※加藤洋平『組織も人も変わることができる! なぜ部下とうまくいかないのか「自他変革」の発達心理学』(日本能率協会マネジメントセンター)より

 

 

 私の経験に照らしても、かかる指摘は真実だと考える。すなわち、段階3(他者依存段階)の人は、前例を欠く事例に直面すると思考停止に陥ってしまう。しかし、弁護士の扱う事件には多かれ少なかれ固有性があり、その意味では全ての事件に前例はないのである。だからこそ、弁護士には、論理と論理を結び付けて自己の主張を構築する思考力(言うまでもなく、これは段階4(自己主導段階)の特徴である。)が求められる。

 また、段階3(他者依存段階)の人は権威に弱い。そのため、裁判官や目上の弁護士から何かを言われると、それを鵜呑みにしてしまうことがしばしばある。しかし、弁護士であれば、相手の言うことが論理的に真であるか否かや自分の依頼者にとって利益であるか否かを分析し、場合に応じて適切な反論(これを「弁護」というのではなかろうか。)をしなければならない。ところが、段階3(他者依存段階)の人にとってこれを理解することは難しく、そのような人にはいわゆる「相場」での解決しかできない。

 したがって、弁護士を雇用する場合には、段階4(自己主導段階)以上の人を採用するように注意しなければならない。

 

⑶ 採用の失敗を育成で取り戻すことは極めて難しい

 もちろん人は成長する。だとすれば、ひとまず段階2(道具主義的段階)や段階3(他者依存段階)の人を採用した上で、その人を段階4(自己主導段階)に育成していけばよいのではないか?

 そのような疑問に対する私の回答は否である。

 なぜなら、成人発達理論によれば、発達段階を1つ登るためには少なくとも数年間を要するとされているからである。しかも、人の発達をその人自身や周囲の他者が無理やり促進することはできないとされており、発達はワインの熟成にも似たゆっくりとしたプロセスを経るとされている。

 以上を前提として、あなたは段階2や段階3の人を弁護士として採用することができるだろうか?その人が段階4(自己主導段階)に達するまでの数年間(場合によっては十数年間)、毎年600万円以上の費用を負担しながら。