弁護ハック!-若手弁護士によるライフハックブログ

「弁護士 × ライフハック × 知的生産」をテーマに、若手弁護士が日々の”気付き”を綴ります。

仮説形成と仮説検証が何よりも大切(第3 終わりに ~新人の皆さんに伝えておきたいこと~)

全体目次

第1 総論 ~弁護士という仕事について~
1 「仕事」とは何か?
2 弁護士が顧客に提供する「価値」とは何か?
3 期待に応える弁護士になるには

第2 各論 ~コアとなるスキル・マインド~
1 「代理人」としてのあり方
2 弁護士の面接技法
3 弁護士の交渉術
4 法律文書作成

第3 終わりに ~新人の皆さんに伝えておきたいこと~
1 仮説形成と仮説検証が何よりも大切
2 ロジカル・シンキングはあらゆる仕事の基礎
3 「何のために弁護士の仕事をするのか?」に対する回答を見つけてほしい

 

⑴ 仮説形成とは?

 「仮説」とは、限られた時間・情報の中で下す仮の結論のことである。

 ビジネスにおいては、網羅的な情報収集を行い、それを分析した上で完璧な結論を出すというプロセスでは、時間がかかりすぎ、せっかくのチャンスをふいにしてしまうことがある。また、網羅的な情報収集では、実行に不必要な情報まで集めてしまうことがしばしばであるため、結果として非効率な仕事となってしまう。そのため、ビジネスにおいては、できるだけ早期に「仮説」を形成し、その仮説から逆算する形で調査や活動をしていくという手法が求められるのである。

 弁護士業務の中で具体的に説明すると、例えば万引き(窃盗)の刑事弁護事件を受任したとする。このときに弁護人である皆さんは、まず、頭の中でもよいので弁論要旨又は終局処分意見書を作成すべきである。すなわち、ここでいう弁論要旨や終局処分意見書が「仮説」に当たる。

 もちろん、その段階で作成する弁論要旨等は、調査が未了であるからあくまで仮の結論である。しかし、「被害者との示談成立」、「監督者の存在」、「被告人の反省」といった情状事実に関する仮の結論を基に、これらに必要となる調査や活動(ex.示談金の準備、被害者への連絡、監督候補者となる親族への連絡、反省文の作成)を行っていけば、実現すべき結果(ex.起訴猶予、執行猶予判決)を最短で得ることができる。

 同様に、民事事件の交渉を行う場合にも、初期段階で必ず解決方針を持つようにしてもらいたい。例えば、交通事故の損害賠償交渉事件を受任した場合、いわゆる赤い本に則って請求額を算定するにとどまるのではなく、予想される相手方の反応を踏まえた上での解決の見通しを持ち、依頼者及びボス弁にも示すようにしてもらいたい。そしてその後、そのような解決の見通しを実現するために、参考となる判例を調査したり、証拠を収集したり、書面を作成したりすべきである。

 ところで、仮説形成の真髄は、「目に見えないもの」を想像力を用いて推認する点にあるというべきである。例えば、商品開発の仕事をしている人であれば、新商品のコンセプトを考える際、「現在市場には存在しないが、人々が求め、社会の役に立つであろう商品」という目には見えないものを発案しなければならないはずである。そのような知識労働に用いられるのが想像力であり、その実態は仮説形成である。

 同様に、我々弁護士もまた、交渉事件に望むにあたっては、「予想される相手方の反応」といった目には見えないものを推認し、意思決定をする必要がある。また、そもそも「依頼者の本心」という目には見えないものをできる限り正確に推認することができなければ、良い交渉はできないし、顧客満足にもつながらない。さらに別の例を挙げれば、契約書や規約を作成する際、我々は「その契約書や規約が実際のビジネスに用いられる場面とそこで起こり得るトラブル」を推認することができなければ、不完全な契約書等を作ってしまうことになるのである。

 もちろん形成した仮説がそっくりそのまま「真実」と合致することはあり得ないし、その対象が「目に見えないもの」であればあるほど、仮説の精度は下がるはずである。特に、我々が他者の気持ちや考えを正確に推認することは不可能だと思うし、仮にそれをできると考えている人がいるとすれば、それは不遜極まりないことだと思う。

 しかし、だからといって、それは仮説形成をやめる理由にはならないと考える。なぜならば、仮説と「真実」とのずれは、次項に述べる仮説検証の過程で埋めていくことができるからである。例えば、他者の気持ちや考えを正確に推認することができなかったとしても、その人に対して「あなたが考えていることは、こういうことか?」と聞いてみることはできる。その意味では、「真実」に到達する最短の手段は、仮説形成→仮説検証→仮説形成→・・・の過程を可能な限り繰り返すことなのかもしれない。

 また、仮説形成・仮説検証の習慣を続けていれば、少しずつではあるが皆さんの形成する仮説の精度は上がってくる。そして不思議なことに、仮説は、それが「真実」そのものではなかったとしても、ある程度の精度を備えていれば十分な成果をもたらすのである。

 少々大げさにいえば、仮説形成・仮説検証の習慣は、皆さんの社会人としての(そして弁護士としての)キャリアを根本から分けてしまうほどの影響力を持つと私は考えている。そのことを信じ、日常の仕事の中で仮説形成・仮説検証を習慣としてもらいたい。

 

⑵ 仮説検証とは?

 さて、仮説とはあくまで仮の結論であるから、その後の調査や活動の過程を通じて、その仮説に修正の余地がないかどうかを常に検証することが重要である。そして、仮説に修正の必要が生じたときは、勇気を持ってその仮説を修正することが重要である。

例えば、先の刑事弁護の事例で、弁護人である皆さんが当初「被害者との示談成立」を重視していたとする。ところが、被害者の属性、例えば公的機関であったり、会社の方針で禁止されていたりすることによって、被害者との示談が不可能であることが明らかになったとする。そのような場合には、速やかに仮説を修正し、「監督者の存在」、「被告人の反省」といった他の情状事実に重点を置き換える必要がある。

また、民事事件の交渉にあたっていたところ、相手方から思いがけない法的主張が提出されたとする。そして、その法的主張が説得的であった場合には、皆さんは当初の仮説を修正した上で、その法的主張を前提とした上でなお当方に有利な主張ができないかといったことを考えていく必要がある。

このように、仕事を進めるにあたっては、仮説形成と仮説検証を絶えず繰り返していく必要がある[1]

これに対し、仮説を持たないまま仕事を進めていると、当該事件の解決は常に相手方の事情に左右されることになってしまう。そうではなく、皆さんには仮説を持った上で事件の解決を主導するような仕事をしてもらいたい。

 

⑶ 参考書籍等

・齋藤嘉則『新版 問題解決プロフェッショナル―思考と技術』(ダイヤモンド社)

・仕事力とは「仮説力」である

https://youtu.be/pf4eLy22ZCk

 

 

[1] そのことをPDCA(Plan,Do,Check,Action)を回すと言い換えてもよいかもしれない。