弁護ハック!-若手弁護士によるライフハックブログ

「弁護士 × ライフハック × 知的生産」をテーマに、若手弁護士が日々の”気付き”を綴ります。

若手弁護士の独立・経営体験記Ⅱ

第1 はじめに

 お久しぶりです。

 私事ですが、2019年2月に旧事務所の経営を離れ、新たに「弁護士法人あらた国際法律事務所」を設立し、単独での事務所経営を開始しました。

 ところで、2017年に投稿した拙稿「若手弁護士の独立・経営体験記」*1において、私は次のように書きました。

これから独立開業するのであれば、可能な限り複数弁護士による共同経営を選択すべきと考えます。経費負担を分散することができる上、規模感を印象付けることは顧客開拓においても極めて有利だからです。

 

 そのように書いていた私が、その後、なぜ共同経営をやめ、単独経営に踏み切ったのか。そのことについて書いていきたいと思います。


第2 小規模単独経営から経費共同型経営へ

 話は、旧事務所を設立した2016年に遡ります。

 旧事務所の開設前、私と当時のパートナー弁護士は、それぞれ「レンタルオフィス」と呼ばれる小規模のテナント物件で細々と事務所を経営していました。どちらも事務職員は雇用しておらず、かかる経費といえば月6万円ほどのテナント賃料のほか、通信費、消耗品費程度でした。「小規模単独経営」とでもいうべきそのような体制は、固定経費が安いため*2、利益を上げることは比較的容易なことでした。

 他方で、独立直後の20代の私たちは、将来への理想に燃えてもいました。とりわけ、私に関していえば、新しい法律事務所を作りたい、業務改革を先導していきたいという想いを込めて、当時の事務所を「あらた法律事務所」と名付けており、事務所の発展によってそのような理想を実現していきたいと考えていました。ところが、レンタルオフィスの狭いスペース*3では、勤務弁護士はおろか、事務職員を雇用することすら困難といえました。また、当時の体制では、規模の大きい案件や一定の顧問先案件を取り扱うことにも困難がありました。そのため、事務所体制を拡大するとともに、そのことによって増大するオフィス賃料と人件費を按分して賄うために、経費共同型経営に踏み切ることは当時の経済的事情を省みれば極めて合理的なことでした。

第3 経費共同型経営の末路

 それから約3年間、私は経費共同型経営の事務所を運営してきました。その過程で実感したことは以下のとおりです。

 まず、経費共同型経営における大きな分岐点は、スタッフの雇用を原則として共同にするか、それとも個別にするかの点にあります。旧事務所は、スタッフの雇用を共同で行うという考えに立っていました。

    しかし、スタッフの雇用を共同にする場合、雇用条件、待遇、育成方針、業務指示の方法、各種手続の手間といった問題について、パートナー弁護士間に潜在的な利益相反を招くことになります。そのような利益相反は、事務所設立当初はほとんど無視し得るほど小さなものです。しかし、事務所の規模が大きくなるにつれ、利益相反の幅は広がる一方、パートナー間の経済的な意味での相互依存関係は弱まることが多いので、遅かれ早かれ利益相反が現実化することになります。

 これに対し、スタッフの雇用を個別にした場合はどうでしょうか。まず言えることは、スタッフの雇用を個別にする場合、経費共同型経営の最大のメリットともいうべき固定経費の按分が弱まることになります。また、各パートナー弁護士が個別にスタッフを雇用することによって、事務所内のバランスに複雑な変化をもたらすことにもなります。例えば、勤務弁護士1名と専属事務職員1名を雇用するパートナーと、スタッフを雇用しないパートナーとの間で、オフィス賃料、電話料金等は同額負担でよいのでしょうか。あるいは、売上規模または経費分担割合が異なるにもかかわらず、パートナー会議での議決権は1票ずつでよいのでしょうか。したがって、そのような非効率さや煩雑さを嫌い、最終的に各々が独立していくというシナリオに行き着くことが多いように思います。

 結局のところ、経費共同型経営というのは、財布と心を異にする複数の事業体間の取引(Transaction)であり、取引によるメリットがデメリットを上回る限りで成り立つ体制だというのが私の理解です。私は経費共同型経営を否定しませんし、自分の経験に照らしても必要な過程だったと考えていますが、純粋な経費共同型によって永続的で組織的な事務所を組み立てることは不可能だと考えています。すなわち、そのような体制は離合集散を繰り返すか、あるいはいつまでも個人的規模にとどまるかのいずれかの道を辿る可能性が高いと考えています*4

 旧事務所もまた、行き着くところまで行き、明らかに共同経営によるデメリットがメリットを超えてしまっていました。そのため、分裂は必然の結果といえるものでした。


第4 再び単独経営へ

 さて、数年ぶりに単独経営に戻ってみて、共同経営と比べたメリットに改めて気付くこととなりました。

 まずは、何といっても意思決定が迅速だということです。旧事務所の頃は、新しい設備やサービスを導入しようとするたび、パートナー会議に諮り、その総意を取る必要がありました。特に、経費共同型経営においては、構造的に、お金のかかる提案は通りにくいという問題がありました。そのため、今回、単独経営になったことによって、単純に意思決定が早くなっただけでなく、将来に向けた投資を積極的に行うことが可能になりました。

 また、共同経営を維持するための煩雑なタスクから解放されました。特に、旧事務所では、月に一度、共同経費の清算という作業が必要であり、これを行うのは主に総務を取り仕切り、最も多く立替え払いをしている私の役目でした。単独経営になってからは、そのような煩雑な作業がなくなり、会計が随分と簡素化しました。

 さらには、経費共同型経営と比べて、収支における損失も特に見当たりませんでした。むしろ、弁護士法人を利用することによる節税メリット*5を考慮すれば、収支はプラスともいえました。

 そして、単独経営に戻ったことで、私自身、一段と肚が据わりました。共同経営をしていた頃は、内外に対する経営者としての責任を、心のどこかでパートナー弁護士と分担しようと考えていました。また、多少とも大きな案件や顧問先に相対するとき、複数弁護士で経営していることを頼みにしていたところがありました。しかし、そのような逃げ場がなくなったことで、経営者あるいは弁護士としての覚悟が定まりました

 

第5 中規模単独経営のその先へ

  さて、まとめると、私は当初「小規模単独経営」というべき体制で独立し、その後、「経費共同型経営」を開始しました。しかし、約3年間の経験を経て、再び単独経営に戻りました。当初よりやや規模の大きくなった現在の体制は、「中規模単独経営」とでも呼ぶべき体制といえます。

 これを図式化すると下記のとおりです。

 

    小規模単独経営

       ↓

    経費共同型経営

       ↓

    中規模単独経営

       ↓

                     ???

 

 では、中規模単独経営の次に来るべき体制とは果たしてどのようなものでしょうか。

 

 可能性①:大規模単独経営

 一つの可能性は、親弁一人の下に複数のスタッフ(勤務弁護士・事務職員)が集う「大規模単独経営」と呼ぶべき体制です。この体制は、親弁一人が大量の案件を取ってきて、その他のスタッフはこれを処理し、あるいはマネジメントすることを基本としています。近年は、広告によって大量の案件を受任することが可能となったため、若い弁護士の中にも大規模単独経営を実現している先生が多く現れています。

 他方で、大規模単独経営はあらゆる機会とリスクが親弁一人に依存する体制のため、健康上の理由等で親弁が仕事を取ってくることができなくなった場合には崩壊の危機にさらされることとなります。また、仮に親弁に健康上の不安がなかったとしても、長期にわたって大量の案件を取り続けるというのは、超人的な能力や潤沢な資金力を要し、不安定な体制ともいえると思います。

 そのため、先進的な事務所の多くは、大規模単独経営を経て(あるいは経ずして)、次に述べる「収益共同型経営」に至る可能性が高いと考えています。

 

 可能性②:収益共同型経営

 収益共同型経営とは、複数のパートナー弁護士が、一定の利益分配ルールの下、会計を同じくして事務所を共同経営する体制だと理解しています。そして、私自身のマネジメントスタイルに照らすと、目指す法律事務所像としては、そのような収益共同型経営を理想と考えています。

 では、収益共同型経営を実現するためには、どのような条件を満たす必要があるのでしょうか。こればかりは経験がないため、仮説(と書籍による知識)によるほかありませんが、以下の3点が重要になると考えています*6

 まず第1に、経営理念を確立するとともに、パートナー弁護士との間で理念を共有することです。そして、それを実現する有効な方法の一つは、恐らく、自ら育成した勤務弁護士の中からパートナーを選ぶことです。

 そして第2に、全てのパートナーが合意する利益分配ルールを確立することです。

 最後に、(第2の点と矛盾するようですが)パートナー間で多少不公平が生じたとしても、互いにそれを許容できる関係性(Relationship)を築くことです。

 

 もっとも、上記は仮説に過ぎませんので、収益共同型経営の経験のある先生のご意見をお伺いしたいところです。何かお気付きの点がありましたら、コメント欄等でご指摘いただけたら幸いです。

 

 第6 終わりに

 これまで、いわゆる地方の街弁の中には、前述の「中規模単独経営」または「経費共同型経営」の段階で弁護士としての生涯を終える先生も多かったように感じます。しかし、日本の津々浦々で弁護士人口が増え、競争が増すとともに、顧客からの選好が深まっていくことによって、地方でも「大規模単独経営」または「収益共同型経営」の事務所が増え、今後はそうした事務所がより多くの顧客を獲得していくものと予想されます。

 私は、そのような未来にあって選ばれる法律事務所を作りたいと思っています。

 

 もしそのような未来像を共有し、一緒に働いてくれる方がいましたら、是非一度事務所を見学に来て下さい。弁護士業界の未来について語り合いましょう。

 

 若手弁護士の読者が今後の独立・経営を考えるにあたり、本記事が何らかのお役に立てば望外の喜びです。 

*1:http://odenya2.hatenadiary.jp/entry/2017/08/12/%E8%8B%A5%E6%89%8B%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB%E3%81%AE%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E3%83%BB%E7%B5%8C%E5%96%B6%E4%BD%93%E9%A8%93%E8%A8%98

*2:毎月の経費は、広告費を除けば、弁護士会費を含めても月15万円弱でした。

*3:当時のオフィス面積は4坪に満たないものでした。

*4:もっとも、これからの弁護士業界では、「強い組織」か「強い個人」が生き残ると言われており、個人としての(圧倒的な?)強みを持つ弁護士にとって組織の強弱はあまり影響がないとも考えられます。

*5:弁護士法人の設立とそのメリットについては、別稿で述べる予定です。

*6:この点で、長島安治編『日本のローファームの誕生と発展―わが国経済の復興・成長を支えたビジネス弁護士たちの証言』は多くの示唆を与えてくれるといえます。

https://www.amazon.co.jp/dp/4785719370/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_iJ6ADb4QNYXPW